ミュージカルバラエティ「稲ムラの火」

タイムリーな公演でした。

ミュージカル劇団「新生ふるきゃら」公演、「稲ムラの火」。

江戸末期の安政元年(1854年)、紀州広村(現・和歌山県広川町)を大地震と大津波が襲いました。江戸と銚子で醤油醸造業を営んでいた濱口梧陵(ハマグチ ゴリョウ・1820~1885)は、たまたま出身地である広村に帰っていた時にこの災害に遭遇。夜間、津波の襲来を予測した梧陵は、自分の田にあった稲むら(収穫後の稲束を積み重ねたもの)に火を放ち、それを道しるべにして多くの人を高台に導いて救いました。その後、紀州藩からの支援が望めない中、梧陵は私財をなげうって小屋の建設や農具・漁具の配布にあたり、また津波の再来に備えて堤防を築き、村の復興に大きく貢献しました。
梧陵たちが築いた堤防は、昭和21年の南海地震津波の際に多くの命を救い、今も広川町に現存しています。

この実話をミュージカルバラエティにしたのが、今回の公演です。

公演は2部制。1部はこの「稲ムラの火」。2部はこれまで「ふるきゃら」が上演してきたミュージカルの中から、「水」にちなんだ曲を選んで歌いました。題して「ふるきゃらのマジメなコンサート」。
人間の生活にもちろん欠かせない水。その水は山から海へと循環し、生態系を形成する。しかし時として水は津波となり、豪雨ともなって恐ろしい勢いで襲いかかることもある。その猛威の前に人間は無力で、大切な人や物もあっけなく流されてしまう。それでも人は元気を取り戻し、流された橋を架け直すことができる。


「あの日」からもう1年半近く。土台だけ残った建物、内陸深くまで打ち上げられた大型船、嘆き悲しむ人々、といった報道はすっかり影を潜め、直接の後背地である関東の人間すら、何となく「もう被災地は大丈夫なんじゃないか」という気分になりつつあります。しかし大変なのはこれからです。瓦礫の街にいまだ灯火は戻ってきておらず、それどころか立ち入ることもままならず先の見えない地域も厳然と残っています。


1部・2部を通して、災害とそれに立ち向かう人間の姿を描いた「新生ふるきゃら」公演。今こそ見てほしい公演です。

今後の公演などについては、コチラの「新生ふるきゃら」サイトをご覧下さい。
「稲ムラの火」以外の演目もあります。
http://www.furucara.com/

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